TOPページ  Doctorニュース  自己免疫疾患の裏にマラリアと免疫のジレンマ ― BAFF遺伝子変異と感染防御の代償


投稿日:2025年06月26日


自己免疫疾患の裏にマラリアと免疫のジレンマ BAFF遺伝子変異と感染防御の代償

 

2024年のノーベル生理学・医学賞は、「microRNA(miRNA)の発見とその生物学的意義の解明」に対して授与されました。miRNAは、細胞の中で遺伝子の働きを微調整する翻訳後制御の中核を担い、がんや自己免疫疾患などさまざまな疾患の病態形成に深く関与することが明らかになっています。

今回紹介するのは、2017年に『 New England Journal of Medicine 』 に掲載された、BAFF*( B-cell Activating Factor )というサイトカイン*と自己免疫疾患の関連を分子から臨床まで明快に解き明かした研究です。この研究は、miRNAの制御が特定の遺伝子変異で破綻し、自己免疫疾患のリスクが高まることを示しており、2024年ノーベル賞の受賞テーマとも深く響き合っています。

研究チームは、自己免疫疾患である多発性硬化症(MS)と全身性エリテマトーデス(SLE)に共通する遺伝的リスクを追究するなかで、BAFFをコードするTNFSF13B遺伝子の3′非翻訳領域に存在する「BAFF-var(GCTGT → A)」という挿入欠失型変異(indel)を発見しました。

この変異により、BAFF遺伝子のmRNAが短縮され、本来翻訳抑制に関与していたmiRNA(特にmiR-15a*)の結合部位が失われます。結果、BAFFタンパクが過剰に作られ、B細胞の増加、免疫グロブリン(IgG、IgA、IgM)産生の亢進、単球の減少といった免疫バランスの崩壊が引き起こされ、自己免疫疾患のリスクが上昇するのです。

このBAFF-varは、特にイタリア・サルデーニャ島で高頻度に認められており、過去にマラリアが流行していた地域で感染防御のために有利な変異として選択された可能性が指摘されています。つまり、「感染に対する強い免疫応答」は、時として「自己をも攻撃する危険性」を抱えることになります。

この進化的トレードオフ*について、橋本求先生の『遺伝子が語る免疫夜話』(晶文社)でも述べられているように、ヒトは過去の感染環境に適応するなかで、免疫を強化する代償として自己免疫疾患にかかりやすくなる遺伝的背景を選択してきたと考えられます。つまり、病原体に「耐性」を獲得する過程で、「自己」に対する「寛容」が損なわれるという構図です。

BAFF-varを持つ人は、BAFF阻害薬(例:ベリムマブ 商品名:ベンリスタ)やB細胞除去療法に対する感受性も変わる可能性があり、将来的には遺伝型に基づいた個別化医療の指標として期待されます。

このNEJM論文は、「遺伝子変異→翻訳制御の破綻→免疫暴走→自己免疫疾患」という一連の因果関係を分子から臨床まで統合的に証明した先駆的な研究です。miRNAという細胞内の微小な制御因子と、進化という時間軸の中での人類の免疫適応のジレンマが交差する、知的にも示唆に富む成果といえるでしょう。

 

 

サイトカインとは

・サイトカイン(cytokine)は、体の中で細胞どうしが情報をやりとりするためのメッセージ物質です。

 

BAFF(B-cell Activating Factor)とは

・B細胞活性化因子(B-cell Activating Factor)」という名前のサイトカインです。体の中の免疫システム、特に「B細胞」という免疫細胞の働きをサポートするメッセンジャー(指令役)のような存在です。

・B細胞は、「抗体(こうたい)」という武器をつくって、ウイルスや細菌と戦う免疫細胞です。

・BAFFは、B細胞に向かって「元気に活動して!」「もっと抗体を作って!」と励ます信号を出します。「BAFF」は免疫を守る応援団長のような存在ですが、応援しすぎると暴走してしまうという面もあります。そのバランスがとても大切なのです。

 

miR-15aとは

・miR-15aは、mRNAにブレーキをかけて「タンパク質の作りすぎを防ぐ」役割のRNA。

・BAFFなどの免疫関連遺伝子を制御しており、miR-15aが効かなくなると免疫暴走が起こる。

・がんや自己免疫疾患に関わる重要な制御分子で、将来的に治療標的や診断マーカーになる可能性もあります。

 

トレードオフとは

・「何かを得るために、何かを犠牲にしなければならない関係」を意味します。簡単に言うと「一長一短の関係」や「得るものがあれば、失うものもある」

 

中島 昭勝

 

 







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